山田裕貴の高校部活はバレー≠野球。名古屋北シニア(中学野球)での挫折と東邦高校での後悔。


プロ野球選手を父に持つ山田裕貴さんが高校で野球部に入らなかった理由とは?

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父親は元プロ野球選手

山田裕貴さんは父親が中日ドラゴンズや広島カープで活躍した元プロ野球選手の山田和利さんであることを各所で語っています。

※現在は広島の二軍内野守備・走塁コーチ。

 

小中は野球少年

山田裕貴さんは自身も野球をやっていました。

山田裕貴さんが出演した2021年5月7日放送の「A-Stuido+」(TBS)によると、

野球を始めたのは小学校3、4年生の頃。

 

野球を始めた理由は各所で語られていますが、やはり父親の影響が大きかったようです。

・テレビで父親の姿を見てかっこいいなと思って始めた(2021年5月7日放送「A-Stuido+」(TBS))

父親に負けたくないという意地で始めた(NHKホームページ掲載「よるドラ<ここは今から倫理です。>主演・山田裕貴の仕事の流儀 (前半)」)

 

中学時代は強豪チーム

中学校時代も野球を続けた山田裕貴さんは学校の部活ではなく名古屋北リトルシニアに所属していました。

 

これは名古屋北リトルシニアの公式youtubeチャンネル投稿された同チーム第15期の卒団アルバム動画の概要欄に

NHK朝ドラ「 なつぞら」に出演の  山田裕貴くんは中学生時代に、

当チームで硬式野球を頑張っていました。このビデオには、あどけない彼が登場します。

※古屋北リトルシニア公式youtubeチャンネル2013年1月20日投稿動画「15 卒団アルバム」概要欄より引用

と書かれていることから分かります。

※動画内にも中学時代の山田裕貴さんの姿が。

 

山田裕貴さんは中学時代のチームを「毎年野球の全国大会へ行くぐらい強いチーム」(※NHKホームページ掲載「よるドラ<ここは今から倫理です。>主演・山田裕貴の仕事の流儀 (前半)」参照)と語っていましたが、

名古屋北リトルシニアのHPによると、山田裕貴さんが中学3年生だった2005年度(15期)も非常に強かったようです。

全国:日台会長杯国際親善 優勝

選抜大会 出場

地方:東海関西友好大会 優勝

春季大会 第3位

豊田ライオンズカップ 優勝

※名古屋北リトルシニア野球協会>HPギャラリーより引用

もっとも、山田裕貴さんは各所で中学時代のチームではレギュラーを取れなかった、と語っています。

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高校は甲子園出場校

中学卒業後、山田裕貴さんは愛知県名古屋市名東区にある東邦高校(偏差値49-61)に進学しました。

ちなみに、同校は山田裕貴さんの父・山田和利さんの母校でもあります。

※偏差値はサイト「みんなの高校情報」掲載のもの

 

2021年に山田裕貴さんの記事が朝日新聞の記事に出た際、東邦高校HPにはそれを告知するお知らせが掲載されています。

本校出身の山田裕貴さんが、

2月6日付「朝日新聞」の「beテレビ」で紹介されています。

※東邦高等学校HP2021年2月9日掲載NEWS & INFORMATION「俳優は心の仕事」より引用

 

また、山田裕貴さん自身も2019年4月3日のインスタグラムの投稿に

母校、東邦

がんばれー

 

11年前、甲子園に

野球部の親友の応援に行った。

と書いていました。


この投稿をInstagramで見る

山田裕貴(@00_yuki_y)がシェアした投稿

 

高校ではバレーボール部

上記のように、東邦高校は甲子園出場経験がある学校であり、後述のように山田裕貴さんの在学中にも甲子園に出場しています。

しかし、上記投稿に「甲子園に野球部の親友の応援に行った」と書かれているように

山田裕貴さんは東邦高校では野球部に所属していませんでした。

 

東邦高校時代の山田裕貴さんが所属していたのはバレーボール部

これは山田裕貴さん自身が2013年のブログに

元バレー部、野球をやっていた

俺のはたき落としを…

※山田裕貴オフィシャルブログTrust yourself.2013年10月23日投稿「目標を駆逐する。」より引用

と書いていることからもわかります。

※投稿の内容は蚊を相手に悪戦苦闘している山田裕貴さんの様子

 

野球を辞めた理由

高校で野球部に入らなかった理由について、山田裕貴さんは以下のようなことを挙げています。

・中学時代の全国レベルの強豪でレギュラーが取れなかった、圧倒倒的な力の差を見せつけられ「あの子には勝てない」「自分には無理だ」とあきらめてしまった(NHKホームページ掲載「よるドラ<ここは今から倫理です。>主演・山田裕貴の仕事の流儀 (前半)」参照)

・プロ野球選手だった父親に負けてはいけないという意識が常にあり野球を楽しめなかった(マイナビウーマン2017年12月20日配信記事「彼が死ぬまでやろうって決めたこと。山田裕貴インタビュー」参照)

・父親の背中を追っているだけで自分の人生を歩んでいないんじゃないかと思い始めた(NHKホームページ掲載「よるドラ<ここは今から倫理です。>主演・山田裕貴の仕事の流儀 (前半)」参照)

父親がプロ野球選手であるというのは野球少年にとってアドバンテージになることもあるのでしょうが、

山田裕貴さんにとっては重荷の方が大きかったのでしょう。

 

もっとも、2021年5月7日放送「A-Stuido+」(TBS系)に出演した山田裕貴さんは、

高校時代に甲子園に出場する同級生を見たとき、野球を辞めた時に父親に言われた「何で自分でやると決めたことを続けなかったんだ」という言葉を思い出して自分が情けなくなり、「次にやる、って決めたことは死ぬまでやろう」と決意した旨語っていました。

高校卒業後山田裕貴さんは上京しアルバイトをしながら俳優を目指しましたが、

俳優として成功できたのは中学時代の挫折と高校時代の後悔も少なからず関係しているのではないかと思います。

山田裕貴の記事を読む

山田裕貴の父親は元プロ野球選手山田和利。球児→俳優の歩み。

山田裕貴の妹山田麻生(画像有)はモデルで※歳年下。情熱大陸にも登場。


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