市川猿之助と香川照之が似てるのは顔だけじゃない? 家柄学歴生い立ち徹底比較。


2020年のドラマ「半沢直樹」での共演も話題の市川猿之助さんと香川照之さん。

二人がいとこ同士であることは有名ですが、二人の顔が兄弟並によく似ているとたびたび話題になります。

しかし、二人が似ている点は顔だけではありません。

この記事では、市川猿之助さんと香川照之さんを様々な視点から比較していきます。

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共に澤瀉屋第五世代

これは二人の顔が似ている理由でもありますが、市川猿之助さんと香川照之さんはいとこ同士です。

二人は共に明治時代に始まった歌舞伎の一門・澤瀉屋(おもだかや)の生まれ。

澤瀉屋は江戸初期に始まる歌舞伎の歴史の中では比較的新しい家ですが、

祖宗の初代市川猿之助(後に二代目市川段四郎を襲名)が紆余曲折を経て一代で地位を築きました。

 

市川猿之助(四代目)さんと香川照之さんは澤瀉屋の三代目・三代目市川段四郎の孫、つまり澤瀉屋の五世代目にあたります。

香川照之さんは三代目段四郎の長男の息子(長男)であり、

市川猿之助(四代目)さんは三代目段四郎の次男の息子(長男)です。

 

ここからすると、澤瀉屋における地位は長男の長男である香川照之さんの方が上であっても不思議ではありません。

しかし、四代目市川猿之助さんが幼いころから歌舞伎の稽古に勤しみ7歳で初舞台を踏んだのに対し、香川照之さんの初舞台は46歳のとき。

また、四代目市川猿之助さんが澤瀉屋の二大看板名跡の一つ「猿之助」(もう一つは段四郎)をもらっているのに対し、

香川照之さんが襲名したのは九代目市川中車であり、今後も段四郎を襲名することもまずないでしょう。

このような格差が生じた原因は香川照之さんの生い立ちにあるのですが、それについては後述します。

 

共に高学歴

先述のように澤瀉屋は歌舞伎界においては比較的新しい家ですが、初代は先進的な考えをもっていたよう。

当時の歌舞伎役者は幼いころから芸事一本なのが普通でしたが、

wikiepdiaによれば初代は「今後は歌舞伎役者にも豊かな教養が必要」と考え二代目の教育にお金を惜しみなく使っていたそう。

その考えは代々受け継がれているようで、

第四世代にあたる香川照之さんの父親と市川猿之助さんの父親は、共に慶應義塾大学を卒業、

第五世代にあたる香川照之さんと市川猿之助さんも、小中高と名門・暁星学園に通い、

市川猿之助さんは父や叔父と同じ慶應義塾大学卒

香川照之さんに至ってはなんと東京大学を卒業しています。

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香川照之さんの父親・二代目市川猿翁(三代目市川猿之助)さんが2014年2月1日から2月28日まで日経新聞朝刊で連載していた「私の履歴書」によると、

中学受験で慶應義塾中等部に入学した香川照之さんの父親はクラスで1、2番の成績を維持する優秀な生徒だったそう。

歌舞伎役者で大学に進んだのも彼が初めてでした。

 

香川照之さんの父親は単に慶應に通っていただけなくその中でも学業優秀だったようですが、

その頭脳明晰ぶりは息子である香川照之さんにも少なからず遺伝していたのでしょう。

もっとも、香川照之さんが東大卒という慶應卒の父親以上の学歴を手に入れた背景には、父親からの遺伝以上に父親への恨みがあったようですが…【詳細はこちら】

 

生い立ちは正反対?

上記のように、市川猿翁さんと香川照之さんは共に澤瀉屋の第五世代に生まれたいとこ同士であり、共に高学歴であるなど、二人には共通点も多数見受けられます。

 

しかし、二人の生い立ちは対照的です。

市川猿之助さんは1975年に澤瀉屋第四世代・四代目市川段四郎さんの長男・喜熨斗孝彦(きのし たかひこ)として生まれました。

澤瀉屋三代目の次男の息子ではありますが、幼いころから歌舞伎役者となるべく稽古に励み4歳で初お目見え、7歳で二代目市川亀治郎を襲名した初舞台を経験。

その後も着々と歌舞伎役者としてのキャリアを重ね、

2012年に澤瀉屋の2つある看板名跡の1つである市川猿之助(四代目)を襲名しています。

 

対する香川照之さんは、1965年に澤瀉屋第四世代・三代目市川猿之助(現在は二代目市川猿翁)さんの長男として生まれました。

父親が澤瀉屋先代の長男ですから、順当に行けば香川照之さんも歌舞伎役者として幼くして初舞台を踏み、

看板名跡である段四郎または猿之助を継いでいた可能性が高かったのではないかと思います。

 

しかし、父親は家庭を捨てて不倫相手と駆け落ちし、両親は香川照之さんが2歳の時に離婚

香川照之さんは母・浜木綿子さん(元タカラジェンヌ)に引き取られ、幼少期に歌舞伎役者の世界に足を踏み入れることはありませんでした。

 

その後東大を卒業して俳優としても大成功を収めた香川照之さんですが、

父親の再婚相手の尽力や澤瀉屋の後継者問題(澤瀉屋の第六世代となりうる血縁者が香川照之さんの息子以外いない)などもあり父親と和解。

2012年に九代目市川中車を襲名し、46歳にして歌舞伎の初舞台を踏むこととなりました。

もっともいくら三代目猿之助の長男であっても、

40代で歌舞伎界役者としてのキャリアをスタートした香川照之さんが今後澤瀉屋の看板名跡である猿之助や段四郎を継ぐことはないでしょう。

それが期待されているのは共に歌舞伎界入りした香川照之さんの息子・市川團子さんです。

 

共に澤瀉屋の生まれではありますが(先代長男の息子である点で香川照之さんの方が血統が良いとさえ言えそうですが)、

歌舞伎界での地位という視点で見れば、市川猿之助さんと香川照之さんの間には大きな差生まれています。

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