この記事では、元プロ野球選手工藤公康さんの息子で俳優の工藤阿須加さんの学歴を紹介しています。
プロ志望のテニス選手が俳優に至った経緯とは…
※2021年6月24日投稿、最終更新日はタイトル下参照
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高校
工藤阿須加さんは高校1年時には大阪府にある長尾谷高校に、高校3年生時には千葉県にある東京学館高校に通っていました。
根拠
・転校について
工藤阿須加さんは2020年の婦人公論インタビュー記事内で、プロを目指しテニス強豪高校に進学したものの、故障して別の学校に転校したことを明かしています。
プロを目指して強豪校に進学し、テニス一筋に過ごしていたものの、高校1年の時に肩を壊してしまい……。1年以上復帰できない可能性があるという医師の診断を聞いた時は、「あ、終わった……」と頭が真っ白になったことを昨日のことのように覚えています。
…(中略)…
そこからの立ち直りは我ながら早かった。次の日には退学を決め、両親に「別の高校に行こうと思います」と宣言し、すぐに転校の手続きを取りました。
※婦人公論2020年11月18日配信記事「工藤阿須加 プロ野球選手の父のために開いていた《きょうだい会議》とは」より引用
かなり深刻な怪我だったようですが、後述のように工藤阿須加さんは転校先でもテニスを続けており、大会で結果も残しています。
・転校前の高校について
大阪高等学校体育連盟テニス専門部公式WEBサイトには、
工藤阿須加さんが高校1年生時(平成19年度)の公式戦の記録が掲載されていますが、
所属高校は長尾谷高校となっています。
・転校後の高校について
全国高等学校体育連盟テニス専門部オフィシャルサイトには、
工藤阿須加さん高校3年時(平成21年度)の公式戦の記録が掲載されていますが、
いずれも所属高校は東京学館高校となっています。
テニスの戦績
・高校1年時
大阪高等学校体育連盟テニス専門部公式WEBサイトによれば、
工藤阿須加さんは高校1年生時の大会「平成19年度大阪高等学校総合体育大会テニス大会」に出場。
1-2年生大会男子ダブルス本選の2回戦で、同じ長尾谷高校所属の同大会の優勝ペアに敗れています。
・高校3年時
全国高等学校体育連盟テニス専門部オフィシャルサイトによれば、
工藤阿須加さんは平成21年度 第62回 千葉県高等学校総合体育大会テニス大会(団体の部)男子団体に出場。
サイトでは4回戦のダブルス(6-0で勝利)と準決勝のダブルス(2-6で敗北)に出場したことが確認できます。
チームは準決勝で敗退するもベスト4に残っています。
平成21年度関東高校テニス大会男子団体戦では1回戦のダブルス(6-3で勝利)と2回戦のダブルス(3-6で敗北)に出場。
チームは2回戦で敗退しベスト16でした。
芸能界を志すも…
東京カレンダー2021年6月5日配信記事「「二世って言われるのは当たり前」工藤阿須加が、どうしても諦められなかった夢とは?」によると、
肩を壊しプロテニスプレイヤーを断念した工藤阿須加さんは、俳優を目指すことを考えたそう。
妹が持ってきたオーディション雑誌を見て、俳優であればプロテニス選手と同じように大勢の人に影響を与えられる、と考えたのだそうです。
しかし、元プロ野球選手の父・工藤公康さんは大反対。
「そんな生半可な気持ちで通用する世界じゃない」「どんなに実力があっても成功するとは限らない俳優業で一流になるにはスポーツで一流になるより難しい」と一括されたそうです。
俳優を断念した工藤阿須加さんは大学進学を選びました。
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大学
工藤阿須加さんは東京農業大学に通っていました。
※学部は不明
根拠
マイナビ転職の工藤阿須加さんの記事に東京農業大学に進学した旨の記述があります。
工藤さんは、幼いころからプロのテニス選手を目指していた。しかし高校1年の時に肩を故障し、断念。ふと俳優になろうと思い浮かぶも、選んだのは東京農業大学への進学だった。世界で初めて無農薬・無肥料でリンゴの栽培に成功した木村秋則さんの生き方に感化され、「僕が日本の農業を変えよう」と思ったからだ。
※マイナビ転職掲載記事「Heroes File vol.166 俳優 工藤阿須加 後悔しないためにどこかで覚悟を決める」より引用
東京農業大学の学部は以下の通りですが、調べた限り工藤阿須加さん自身が通ってた学部名に言及したものは見つかりませんでした。
・農学部
・応用生物科学部
・生命科学部
・地域環境科学部
・国際食料情報学部
・生物産業学部
テニス
工藤阿須加さんは大学でも早稲田大学の「早大マッチポイント」というサークルに入りテニスを続けていたよう。
関東学生庭球同好会連盟のサイトには工藤阿須加さんの試合結果も掲載されていますが、所属は「早大マッチポイント」となっています。
2011年の個人選手権大会では、混合ダブルスで準優勝を果たしています。
再び俳優を目指す
先述の通り、工藤阿須加さんは高校時代に一度俳優になることを父親に反対されています。
しかし、婦人公論2020年11月18日配信記事「工藤阿須加 プロ野球選手の父のために開いていた《きょうだい会議》とは」によると、
息子の決意の固さを確認した父・工藤公康さんは、阿須加さんが19歳の時に「ひとりの男として世に出て行くのだから、自分の人生は自分で決めろ」と言って現在所属する事務所の社長と引き合わせてくれたそう。
社長の御眼鏡に適った工藤阿須加さんは芸能事務所「パパドゥ」に所属し芸能界への第一歩を踏み出しました。
※同じく元プロ野球選手を父親に持つ山田裕貴さんが俳優を目指す位に立った経緯とは
→山田裕貴の父親は元プロ野球選手山田和利。球児→俳優の歩み。
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