- 2024-9-15
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水谷豊さんの娘で自身も女優として活躍する趣里さん。
いわゆる二世俳優ではありますが、過去に非常に大きな挫折を経験しています。
この記事では、水谷豊さんの娘趣里さんが女優になるまでの経歴を紹介します。
※2020年9月10日投稿、最終更新日はタイトル下参照
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小学校時代:バレエに夢中
HIGIFLYERS2018年10月9日配信記事「主演映画「生きてるだけで、愛。」がまもなく公開。異彩を放った圧倒的存在感で心に響く多くの作品に参加する実力派女優」によると、
趣里さんが友達に誘われてバレエを始めたのは4歳のころ。
※通っていたのは井上バレエ団(wikipediaより)
はじめのうちは馴染めずレッスンに行くのも嫌だったそうですが、
徐々にバレエにはまっていき、小学校時代には休み時間に教室の後ろでバレエ友達と踊るほどに。
小学校6年生のときに公演で主演(演目はくるみ割り人形)したことで一層バレエに夢中になりました。
FRAU2019年11月29日配信記事「バレエでオーディション合格も怪我で断念…趣里が絶望の淵から実力派女優になるまで」で趣里さんは当時を振り返り、
レッスンが終って家に帰った後もバレエのビデオをテープが擦り切れる程見るなど頭の中はバレエでいっぱいだった、と語っています。
中学時代:留学を意識
小学校卒業後、趣里さんは桐朋女子中学校に進学したといわれています。
先のHIGHFLYERSの記事によれば、中学時代も趣里さんはバレエに打ち込んでおり、中学校2年生の頃には海外を意識するようになったそう。
上記FRAUの記事では、
「せっかくやるからには、高みを目指したい。海外で、もっと本格的にバレエを習いたい」
と当時の気持ちを明かしていました。
高校時代:留学と怪我
中学卒業後、趣里さんはロンドンのArts Educational Schoolsに通いはじめました。
上記HIGIFLYERS2018年10月9日配信記事「主演映画「生きてるだけで、愛。」がまもなく公開。異彩を放った圧倒的存在感で心に響く多くの作品に参加する実力派女優」で趣里さんは
オーディションを受けて、ロンドンのArts Educational Schoolsという学校に通いました。
と語っています。
※wikipeidaによれば、留学前に都内のインターナショナルスクールに3か月していたとのこと
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上記FRAUの記事で趣里さんは留学中の生活について以下のように語っています。
ずっと憧れていたヨーロッパで、大好きなバレエにどっぷり浸かれることは幸せでした。やるべきことは山ほどあったし、刺激をくれる人たちに囲まれて、寂しさを感じている暇もなかった
バレエ漬けの非常に充実した日々を送っていたことがうかがえますが、2年ほど経ったある日突如悲劇が訪れます。
レッスン中、一度目のジャンプの着地で足を変な方向についたまま、続けてジャンプしたところ足に体重以上の負荷がかかり負傷。
当初は捻挫程度に考えていたそうですが、日本で医師に見てもらったところ「元のようには踊れないかもしれない、感覚は元に戻らない」といわれるほどの重症でした。
一切踊ることができないというわけでもなかったようですが、
それは「高みを目指したい」とイギリスに来た自身の目指したものではない、趣里さんは失意のうちに日本へ帰国しました。
高卒認定→大学入学
バレエをあきらめた当初について、趣里さんはリアルサウンド2018年11月12日配信記事「趣里が語る、女優の仕事と断念したバレエの夢 「後悔っていうのは絶対になくならないのかな」」で以下のように語っています。
しばらくどうしようもない時期が続いて、みんなが大学に行くんだなっていうのを知って、高卒認定を取って、大学受験をしました。
…(中略)…
大学も芸術学科で、おしゃれなフランス映画に触れてみました。
また、i-D2018年11月12日配信記事「母親の背中を見つめて:趣里 インタビュー」では
高卒認定をとって、芸術学部のある大学に進みました
本人が大学名に言及しているわけではありませんが、
芸術学部・芸術学科があること、趣里さんの母・伊藤蘭さんの母校であることから
趣里さんが通っていたのは日本大学芸術学部なのではないかといわれています。後のインタビューから別の大学の可能性が高くなりました、学校名はこちら。
Wikipediaによれば、日本大学芸術学部(通称「日芸」)は日本大学の一学部ではありますが、東京五美大の1つに数えられる美術教育の名門。
芸術界、芸能界、デザイン界などに優秀な人材を多数輩出しています。
大学中退と女優業
Yahoo!ニュース2018年11月9日配信記事「“作品に爪痕を残す”女優・趣里、夢破れ…葛藤した日々」によると、
大学には進学したものの、趣里さんにはバレエに代わるやりたいことはなく、留学で身に就いた英語を活かした職業につこうか?など漠然と将来を考えていたそう。
しかし、幼いころから舞台や映画が好きだったことや、見る人の辛いことを忘れさせたり生活に潤いを与えてくれる役者という職業のすばらしさに気づいたことで、自身も役者になることを考え始めたといいます。
こうして趣里さんは俳優・映画監督の塩屋俊さんの俳優養成所「アクターズクリニック」に入所。
ここでレッスンしてダメなら諦めようと考えていましたが、塩屋俊さんが「お前は、お前のままでいいよ」「お前は女優をやった方がいい」と背中を押し続けてくれたことで決意が固まったようです。
趣里さんは大学在学中の2011年の『3年B組金八先生ファイナル〜「最後の贈る言葉」4時間SP』のオーディションに参加し、金八先生に恋する中学生役を獲得し女優デビュー。
その後大学を4年で中退しました。
その後も趣里さんは女優としてのキャリアを地道に重ね、
2018年の主演映画『生きてるだけで、愛。』では、第42回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ複数の賞を受賞しています。
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