木村拓哉の弟俊作のアメフト~現在。結婚式画像と似てない兄弟写真と絶縁説も。


木村拓哉さんの弟・木村俊作さんはアメフト選手から実業家に転身し、

現在では自衛隊御用達企業の代表取締役を務めているようです。

sponsored link

家族構成

父:木村秀夫(盆栽カフェ経営【詳細を読む】

母:木村方子(まさこ)(講師等【詳細を読む】

長男:木村拓哉(タレント)

次男:木村俊作(元アメフト選手・実業家)

※週刊女性PRIME2020年5月12日配信記事「木村拓哉「母の日」お祝いも、実母・方子さんは「安定剤と睡眠薬」16年間の“冷戦”」参照

 

…この記事では弟の木村俊作さんに絞って紹介していきます。

 

兄弟基本情報比較

兄:木村拓哉 弟:木村俊作
生年月日 1972年11月13日 1979年7月29日
身長体重 176cm 180cm 89kg
職業 タレント アメフト選手・実業家
結婚 2000年 2004年

 

・木村拓哉さんの写真(※中央)

弟・木村俊作さんの写真(※中央)

 

アメフト選手として

木村拓哉さんの運動神経の良さは有名ですが、弟の木村俊作さんはアメフト選手として活躍していました。

Wikipediaによれば、木村拓哉さんの弟・木村俊作さんがアメフトを始めたのは堀越高校時代。

卒業後は日本体育大学体育学部体育学科に進学し、

学生アメフトの強豪チームである同大アメフト部ゴールデンベアーズ(現トリファントライオン)で活躍しました。

 

大学卒業後の2002年4月に社会人リーグXリーグのアサヒビールシルバースターに入団。

スポニチ2002年12月15日配信記事によれば、

監督から「ディフェンスではルーキーNo.1の選手」と評されたといいます。

2003年にドイツで開催された第二回W杯では日本代表に選出され、連覇に貢献しました。

 

アサヒビールのサイトにはシルバースタ―の過去の試合結果と共に木村俊作さんへのインタビューが掲載されています。

インタビュー選手:54番 木村 俊作

DEにコンバートして半年ですが、まだまだ頑張ります。これからも見ていて下さい。チームもまだまだこれからです。応援よろしくお願いします。

※2005年10月9日アサヒビールシルバースター vs ルネサスハリケーンズ

Wikipediaではポジションはラインバッカー(LB)となっていますが、2005年にディフェンスエンド(DE)にコンバートしていたようです。

 

また、木村俊作さんはアメフトをベースにして作られたスポーツ・アリーナフットボールの日本選抜チームに選ばれたこともあるよう。

アリーナフットボール日本選抜チームである「侍ウォリアーズ」のブログには、

当時の木村俊作さんが書いたエントリーがいくつか残っています。

それによると、木村俊作さんはアサヒビールシルバースタ―に所属していた2004年3月に

初めてアリーナフットボールを体験。

日本選抜の一員として本場アメリカのチームと対戦したそうです。

sponsored link

実業家として

また、木村俊作さんは実業家としても活躍しています。

 

・アパレルブランド設立

木村俊作さんは2002年3月に大学卒業し、同年4月にアサヒに入団していますが、

Wikipediaによれば同じ2002年にアパレルブランド「SHUIP」も立ち上げています。

 

Fashion “Online to Offline” & Omnichannel.によれば、

ブランド名の由来は木村俊作さんの「SHU」と、同ブランドの共同設立者であり高校の同級生でもある老川一平さんの「IP」から。

「cosmopolitan “WA” wear」をコンセプトに家紋や花押といった日本の伝統的意匠を取り入れ、和と洋が融合したアイテムを展開しました。

2004年には代官山に直営店「SHUIP KAOU(シュイップ カオウ)」をオープンしています(シブヤ経済新聞2004年1月19日配信記事参照)。

 

現在もオークションサイトにはSHUIPの商品が多数出品されていますが、直営店は2007年9月末に閉店したよう。

ホームページ等も見当たりませんでした。

 

・モデル

また、ブランド立ち上げのみならず時には自らモデルとして舞台に立つこともあるよう。

2018年10月17日に渋谷ヒカリエで行われたファッションブランド「MUZE」の2019春夏ランウェイショーではモデルを務めています。

 

・カレッジリング製造卸

また、2005年9月22に設立された有限会社NFFの代表取締役にも、木村俊作さんの名前があります(IR BANK参照)。

同社が扱うのは自衛隊、海上保安庁、警察官等向けのカレッジリング。

同社サイトには「防衛省共済組合契約商品」「自衛隊駐屯地基地納入業者」「海上保安協会契約業者」といった記載があります。

 

また、

・FCバルセロナ(サッカー・スペイン)2009年三冠記念リング

・ヤンキース・ドジャーズ・レッドソックス(MLB)公式カレッジリング

・2009ワールドベースボールクラシック日本代表優勝記念公式チャンピオンリング

など世界的スポーツクラブ・スポーツ大会のリングを制作する有限会社フィリップカレッジリングのサイトでは、

関連企業欄に唯一NFFのみが挙げられていますから、業界内では有名な企業なのでしょう。

 

・スポーツ関連ビジネス

また、ゲキサカ2008年12月26日配信記事「キムタク弟が浦和に売り込み」には、

木村俊作さんがJリーグの浦和レッズのクラブハウスをグッズやサプリメントの売り込みのために訪れた旨の記述があります。

商品の中には上記のカレッジリングも含まれていたのかもしれませんね。

 

結婚

Wikipediaによれば、木村俊作さんは2004年に結婚しています。

当時木村俊作さんは25歳、お相手の女性は23歳でした。

 

当時の様子は木村俊作さん自身が先述の「侍ウォリアーズ」のブログに記していますが、

2005年1月8日に結婚パーティを行ったそうで、その時の物と思われる画像も掲載されています(2005年1月18日投稿「ご無沙汰しております!」参照)。

 

木村拓哉との不仲・絶縁説?

ネット上には、木村拓哉さんと弟木村俊作さんの不仲説・絶縁説が見られます。

また、週刊女性PRIME「木村拓哉「母の日」お祝いも、実母・方子さんは「安定剤と睡眠薬」16年間の“冷戦”」には、

「以前は近所に住んでは豪邸にも頻繁に遊びに来ていましたが、アメフト引退後に経営していたアパレルブランドを閉めると、少々離れた場所に移り住んでいます。“カレッジリング”の制作と卸業を営む一方で、2019年春夏物のランウェイショーイベントにモデルとして出演。実際、兄弟の交友は減ったのではないでしょうか」(芸能プロ関係者)

と書かれています。

もっとも、不仲故に引っ越したのではなく、引っ越して家が離れたがゆえに交流が減った可能性も大いにありますから、これをもって不仲説・絶縁説の根拠とすることはできないでしょう。

木村拓哉の記事を読む

→木村拓哉の父親は盆栽カフェ経営。脱サラ→父母レストランから単身経営に。

→木村拓哉の母親の講演会は宗教的?アムウェイや富山農業オーナーの噂もあるが…

→木村拓哉の自宅住所がある中目黒のストリートビューに異変?父の職業は元◯◯。

→木村拓哉の子供のフルートの才能が早くも開花。娘の学校から見えた予想外の将来設計。

→木村拓哉が娘(長女次女)の学校にインターナショナルスクールを選んだ“キムタクらしい”理由。

→木村拓哉工藤静香の子供(娘長女)Cocomi(木村心美)の大学はどこ?桐朋女子出の有望株。

→木村拓哉の本名が木里だとインターナショナルスクールに通う子供から発覚?

木村拓哉の身長は低い?工藤静香(163cm)と娘光希(Kōki)からサバ読み身長詐称疑惑を検証


関連記事はこちら

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る