この記事では櫻井翔さんの学歴と学生時代の芸能活動を紹介しています。
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小学校
櫻井翔さんは慶應義塾幼稚舎に通っていました。
ちなみに櫻井翔さんの弟も幼稚舎に通い、大学卒業後に超大手広告代理店に就職しています【詳細を読む】。
根拠
慶應義塾機関誌のオンライン版「三田論評ONLINE」掲載の櫻井翔さんのインタビュー記事「櫻井 翔:「独立自尊」の気風が育んだ 嵐の20年」(2020年5月15日配信)には、
櫻井君は幼稚舎から慶應に入り
との記述があります。
慶應義塾大学の附属校について
慶應義塾大学は小学校から高校まで付属校を有しています。
これらに入学すれば以後受験なしに慶應義塾大学までエスカレーター式に進学することが可能。
慶應の付属校はいずれも高倍率・高偏差値の難関校となっていますが、特に小学校受験において慶應義塾幼稚舎は、学習院初等科、青山学院初等部とともに小学校受験御三家の1つにあげられる超名門校。
企業役員や医師・士業など裕福な家庭の子供が多数通っています。
ちなみの櫻井翔さんも後に事務次官となるエリート官僚の息子です【詳細を読む】。
中学校
櫻井翔さんは内部進学で慶應義塾普通部(偏差値64、神奈川県内10位)に進学しました。
※偏差値はサイト「みんなの中学情報」2021年3月17日掲載のもの、但し外部受験の偏差値のため内部進学生には直接の関係はない。
根拠
三田論評ONLINE掲載の櫻井翔さんのインタビュー記事「櫻井 翔:「独立自尊」の気風が育んだ 嵐の20年」(2020年5月15日配信)には、
慶應義塾普通部時代よりジャニーズ事務所に所属し、芸能活動を開始。
という記述があります。
ジャニーズ入りは友人とのノリ
櫻井翔さんは中学2年生の時にジャニーズに入りました。
2019年2月7日放送「VS嵐」(フジテレビ系)2019年2月7日放送回内でので本人談およびNEWSポストセブン2012年7月21日配信記事「高学歴の櫻井翔 芸能活動で成績落ちるといわれたくなかった」によると、
応募は男友達と盛り上がった際のノリによるもので、まさか事務所から応答があるとは櫻井翔さんも思っていなかったそう。
後に実家にジャニーズ事務所から一次審査通過の書類が届いたことで寝耳に水だった両親に問い詰められることになりますが、
最終的には「学業をおろそかにしない」という条件で櫻井翔さんはジャニーズに入りました。
高校
櫻井翔さんは内部進学で慶應義塾高校(偏差値76、神奈川県内1位)に進学しました。
※偏差値はサイト「みんなの高校情報」2021年3月17日掲載のもの、但し外部受験の偏差値のため内部進学生には直接の関係はない
根拠
三田論評ONLINE掲載の櫻井翔さんのインタビュー記事「櫻井 翔:「独立自尊」の気風が育んだ 嵐の20年」(2020年5月15日配信)には、
芸能活動を始めた普通部2年の時、学校側としては「それはご家庭の判断で」ということで、賛成も反対もないということでした。塾高も同じスタンスでしたが、何て言うのか、自由にさせてくださる、という意味では、認めてくださっていたのかなと理解していました。
との記述があります。
文中の「塾高」とは慶應義塾高校の略称です。
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Jr.時代と学業
元ジャニーズJr.で櫻井翔さんともユニットを組んでいた浅倉一男(当時は浜田一男)さんはJr.時代の櫻井翔さんについて週刊女性PRIME2015年5月12日配信記事「元人気ジャニーズJr.「当時、櫻井翔の睡眠時間は3時間」」で語っています。
それによると、Jr.時代の櫻井翔さんは「学業をおろそかにしない」という両親との約束を守るために、毎日4時起床、睡眠時間3時間と、仕事現場でも時間があれば参考書を片手に勉強していたそう。
wikipedia(出典は「アラシゴト : まるごと嵐の5年半(集英社))によれば、
試験前1カ月は仕事を休むなど学業優先を徹底していたようです。
デビューと友人の反応
また、櫻井翔さんは高校3年生だった1999年11月に「嵐」のメンバーとしてCDデビューしています。
同級生が人気アイドルグループの一員に選ばれたとなれば学内も大騒ぎになりそうですが、
先の三田論評オンラインの記事によれば、小学校中学校時代からの友人も多いことや慶應義塾高校が男子校だったこともあり、特に騒がれること言われることもなく比較的快適な学校生活を送ることができていたようです。
全国行脚中も無遅刻無欠席
先述の三田論評オンライン掲載のインタビュー記事によると、
デビュー当時嵐はバレーボールワールドカップのイメージキャラクターとして全国の試合会場を飛び回っていましたが、
そんな多忙な時期でも櫻井翔さんは高校の授業を最後まで受けてから一人で仙台大阪名古屋などの試合会場に駆けつけ、試合が終わると深夜や早朝に東京に戻っていたそう。
当時櫻井翔さんのクラスの授業を受け持っていた慶應義塾名誉教諭・石川俊一郎さんさんは記事内で以下のように当時を振り返っています。
前の晩、テレビに映っているのに、朝は1時間目にいる(笑)。「この人はよくやるな」と。そんな中で無遅刻無欠席を続けていた。
大学
櫻井翔さんは慶應義塾大学経済学部(偏差値67.5)に進学しました。
※偏差値はサイト「みんなの大学情報」2021年3月17日掲載のもの、但し外部受験の偏差値のため内部進学生には直接の関係はない
根拠
三田論評ONLINE掲載の櫻井翔さんのインタビュー記事「櫻井 翔:「独立自尊」の気風が育んだ 嵐の20年」(2020年5月15日配信)には、
櫻井 翔(さくらい しょう)
塾員(2004 経)。
との記述があります。
「2004経」とは2004年に経済学部を卒業した、という意味です。
「あいつ毎日いるな」
男子校で付き合いの長い同級生が多かったこともありデビュー当時は学内であまり騒がれなかった櫻井翔さんですが、
先述の三田論評ONLINEの記事によれば、大学に進学し外部生が多い環境になった当初は「櫻井いるらしいよ」と好機の目で見られることも多かったそう。
しかし大学1年生時の櫻井翔さんは月曜から土曜まで授業を入れていたため、ほどなくして「あいつ毎日いるな」と周囲の反応も落ち着いていき、
最終的には周囲に騒がれることなく早慶戦の応援に行けるほど周囲になじんでいたようです。
4年で卒業
大学時代の櫻井翔さんはグループとしての活動の他にもドラマ「木更津キャッツアイ」(2002年)など俳優業もこなしており、非常に多忙であったことがうかがえます。
先述の三田論評ONLINEのインタビュー記事によれば、特に初主演ドラマ「よい子の味方 〜新米保育士物語〜」(日本テレビ系、2003年1月スタート)は大学3年生の後期試験と重なって非常に大変だったそう。
しかし大学進学時に「留年したら学費は自分で払え」と親に釘を刺されていた櫻井翔さんは、留年したら芸能活動ができなくなるという危機感も手伝いどうにかこの難関をクリア。
最終的に一度も留年することなく2004年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業しています。
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