この記事では、甫木元空さんの父親・母親・弟・祖父に関する情報を紹介しています。
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家族構成
父親: ※舞台演出家、2012年度に逝去
母親: ※ピアノ講師、2021年に逝去
長男:甫木元空
次男:
※母方の祖父は甫木元尊英
…出典等は以下で紹介しています。
「甫木元」は母方の苗字
両親の名前は明かされていませんが、「甫木元」が母方の苗字であることは公表されています。
「甫木元」名義で活動する理由は、芸名や両親の離婚ではなく、両親が結婚時に母方の姓「甫木元」を選択したためである可能性が高いと思われます。
根拠
「甫木元」が母方の苗字であることは甫木元空さんが各所で明かしています。
──「甫木元(ホキモト)」という名字は珍しいですよね。
そうですね。母方の名字で、高知と、あとは和歌山あたりにいるそうです。黒潮海流沿いに多い名字らしいです。※音楽ナタリー2025年5月19日配信記事「Bialystocks・甫木元空が振り返る表現者としての原点」より引用(URLは※0.1)
−−自分のルーツに興味があったというのは、何かきっかけがありますか?
甫木元:四万十町の家は、ほんとに集落の一番はじっこにあるんですけど、その奥に行くと、江戸時代ぐらいからの甫木元家の墓がたくさんあるんですよ。
−−あ、甫木元は母方の名字なんですね。
甫木元:そうです。…(以下略)※TOKION2022年12月6日配信記事「映画『はだかのゆめ』甫木元空監督インタビュー 青山真治が認めた才能の源泉と、2作目の監督作品の背景に迫る」より引用(URLは※0.2)
甫木元空さんが「甫木元」名義で活動する理由が芸名や両親の離婚ではなく両親が結婚時に母方の姓を選択したためと推測される理由は以下の通り。
・小中同級生が担当する地元役所Xで「ホキ」と呼ばれていること(※0.3※0.4)
・中2時点で父親と海外仕事に帯同できる関係性であったこと(父親の項を参照)
・大学の卒業制作も「甫木元空」名義であること(※0.5)
※0.1:「甫木元」は母方の姓1
-https://natalie.mu/music/column/623715
※0.2:「甫木元」は母方の姓2
-https://tokion.jp/2022/12/06/interview-sora-hokimoto/
※0.3:小中学校時代のあだ名は「ホキ」
-https://x.com/Ogose_town/status/2099798351776772320
※0.4:越生町役場に同級生4人
-https://www.town.ogose.saitama.jp/kamei/kizai/kikaku/3021.html
※0.5:大学卒業制作名義は「甫木元空」
-https://www.tamabi.ac.jp/works/46299/
父親について
名前:不明※「甫木元」は母方の苗字
職業:舞台演出家
没年:2012年度(甫木元空大学3年時)
中国(北京と南京)で2005年8月に行われた混声合唱組曲「悪魔の飽食」全国縦断コンサート第2回海外公演で演出を担当していた人物と思われます。
当時の写真には甫木元空さんとその父親らしき人物も写っています(※4)。
根拠
父親が舞台演出家であることは、甫木元空さんが各所で明かしています。
以下のインタビュー記事では、甫木元空が中学2年生の時に中国で行われた「悪魔の飽食」の舞台の演出をしていたことも明かされています。
父親は舞台の演出家、…(中略)…自分の中で印象に残ってるのは、中学に上がった頃、父親が演出する舞台の中国公演にスタッフとして同行したことです。…(中略)…ちなみに、その公演は、森村誠一さんの「悪魔の飽食」という小説(第二次世界大戦中の、中国大陸での日本軍の人体実験を告発するショッキングな内容)をミュージカルにしたものでした。
※音楽ナタリー2025年5月19日配信記事「Bialystocks・甫木元空が振り返る表現者としての原点」より引用(URLは※1)
演出家の父とピアノ教師の母のもとで育った甫木。中学時代は親に反抗し始めていたが、中2の時に父が演出する演劇の中国公演へスタッフとして同行したことで転機が訪れる。
現地で多くの大人たちが協力し、一つの舞台を作り上げる姿を目の当たりにした。父親が仕事に打ち込む姿に感動した甫木は「反抗している場合じゃない」と当時の心境の変化を告白。これを機に、それまで抱いていたわだかまりは一気に消え去ったという。※podcasttimes2026年8月31日配信記事「甫木元空、父の中国公演同行で反抗期が消えた過去」より引用(URLは※2)
調べてみると、甫木元空さんのが中学2年生だった2005年8月に混声合唱組曲「悪魔の飽食」の第二次中国公演が行われていたことがわかります(※3)。
原作者森村誠一さんの公式サイトには同中国公演の写真や一部同行者の名前も掲載されています(※4)。
その中の複数枚に、甫木元空さんに似ているようにも見える中学生くらいの男子も写っており、いずれの写真にもその男子の右隣には同じ帽子をかぶった男性が写っています(氏名は掲載されていない)。
※1:父親は舞台演出家、「悪魔の飽食」中国公演の演出
-https://natalie.mu/music/column/623715
※2:中国公演は中2のとき
-https://podcasttimes.jp/articles/8032
※3:「悪魔の飽食」の中国公演(2005年8月)
-https://www.ne.jp/asahi/grass/roots/akuma/akuma.htm
※※4:第2次悪魔の飽食中国公演画像と一部同行者氏名
-https://morimuraseiichi.com/?p=4435
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母親について
名前:不明※「甫木元」は母方の姓
生年:1959年頃生まれ
出身:高知県四万十町
職業:自宅でピアノ講師、地域合唱団指導等
没年:2021年(2017年にがん発覚)
根拠
甫木元空さんは母親がピアノ講師や地元の合唱団の指導をしていたことを各所で明かしています。
父親は舞台の演出家、母親がピアノの先生をしながら街の合唱団をやったりしていました。両親がそういう活動をしていたので、物作りに対するハードルは幼い頃から低かったのかな。母は、宮沢賢治の朗読に自分が書いた曲を付けたりしてました。昔、おやこ劇場という、子供の教育も兼ねて街の団体が劇団などを招くような取り組みがあったんです。うちの母親が所属している朗読劇を行う劇団もよく呼ばれていました。僕はそれについていって、小さい頃から舞台装置に必要なケーブルをさばいたりしてたんです。
※音楽ナタリー2025年5月19日配信記事「Bialystocks・甫木元空が振り返る表現者としての原点」より引用(URLは※5)
講師の形態は、他のインタビュー記事では「母は家で小さなピアノ教室をやっていました」(※6)と語っていることからわかります。
母親の出身地や没年等も公表されています。生年は没年享年から推測できます。
埼玉県生まれの甫木元さんは2017年、母のがんが発覚したのを機に高知県四万十町に移住した。その前年に実家に戻っていた母と祖父と3人で暮らしながら、日常の何気ない風景などを写真で記録。母は21年に62歳で亡くなった。
※毎日新聞2024年1月16日配信記事「甫木元空さん 「家族の記憶」テーマに作品展 高知県立美術館」より引用(URLは※7)
※5:母親の仕事エピソード
-https://natalie.mu/music/column/623715
※6:ピアノ教室の形態
-https://hirobaweb.com/samsung-ssd-creators-note_hokimotosora/
※7:母親の出身地、没年享年
-https://mainichi.jp/articles/20240116/k00/00m/040/160000c
弟について
名前:不明
生年月日:1995年度or1994年度?※1996年1月末時点で乳児
先述の通り甫木元空さんは2017年に母親とともに祖父がいる高知県に移住していますが、「母と祖父と3人暮らし」とされていることからすると弟は同行しなかったよう。
推定生年からすると、当時の弟は大学生か社会人と思われますから、学校や仕事の都合でついていくことができなかったと思われます。
根拠
甫木元空さんは弟がいることをインタビュー記事等で明かしています。
僕が生まれる一年前に、父親がホームビデオを購入し、母を撮り始めたときの映像があり、父が撮った1991年の母と自分の撮った2021年の母という、30年を経た時間を対比させています。僕が生まれ、弟が生まれ、父の被写体への興味は母から子供へと移り、母単独の映像の時期が取って変わられるんですけど、…(以下略)
※荘苑2023年12月12日配信記事「甫木元 空(映画監督、Bialystocks Vo.)に聞く、個展『窓外(Inter face)』。…(以下略)」より引用(※URLは※8)
調べた限り弟の生年や年齢に直接言及したものは見当たりませんが、甫木元空さんの大学の卒業制作には自身と乳児期の弟と思われる写真が掲載されており、その日付は「1996.1.25」となっています(※9)。
弟は1歳にはなっていないように見えますから、生年は1995年度か1994年度と思われます。
※8:弟に言及したインタビュー
-https://soen.tokyo/gallery/hokimoto231212/
※9:乳児期弟の画像(1996.1.25)
-wayback machine(2025年3月22日保存)
祖父(母方)について
名前:甫木元尊英
出身地:高知県四万十町
備考:甫木元空監督映画「はだかのゆめ」に出演
根拠
甫木元空さんの母方の祖父は甫木元空さんの実体験を基にした映画「はだかのゆめ」に主人公の祖父役で出演しており、その際フルネームも公表されています(※10)。
高知新聞の2024年の記事にも写真付きで登場しています(※11)。
先祖代々高知県四万十町に住んでいることは、甫木元家の墓について語る甫木元空さんのインタビュー記事からうかがえます。
−−自分のルーツに興味があったというのは、何かきっかけがありますか?
甫木元:四万十町の家は、ほんとに集落の一番はじっこにあるんですけど、その奥に行くと、江戸時代ぐらいからの甫木元家の墓がたくさんあるんですよ。
−−あ、甫木元は母方の名字なんですね。
甫木元:そうです。その膨大な墓というのは高知に行くたびに小さい頃から見ていて、江戸時代の年号も刻まれてるんです。その隣にはもっと昔のかもしれない名前さえ彫られてない岩があったりして。要するに祖父はそこの墓守をずっとしていて、いずれ自分も最終的にここに来なければいけないんじゃないかという思いが小さい頃からなんとなくありました。※TOKION2022年12月6日配信記事「映画『はだかのゆめ』甫木元空監督インタビュー 青山真治が認めた才能の源泉と、2作目の監督作品の背景に迫る」より引用(URLは※12)
※10:母方祖父フルネーム
-https://ginzamag.com/categories/interview/310460
※11:母方祖父の画像
-https://www.kochinews.co.jp/article/detail/710455
※12:四万十町に甫木元家先祖代々の墓
-https://tokion.jp/2022/12/06/interview-sora-hokimoto/
※※※
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