宮野真守の学歴。出身中学や高校部活エピソードも。


この記事では、宮野真守さんの学歴(小学校中学校高校大学)や学生時代の部活エピソードなどを紹介しています。

※2023年2月3日投稿、最終更新日はタイトル下参照

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小学校

宮野真守さんの出身小学校については諸説あるようです。

説1:上福岡市立福岡小学校(現:ふじみ野市立福岡小学校)

説2:大宮市の公立小学校(現:さいたま市の公立中学校)

 

根拠

いずれも宮野真守さんの出身中学校の通学区域が理由のようです。

詳細は中学校の項目に掲載しています。

 

劇団ひまわり入所

宮野真守さんは7歳(小学校1年頃?)の頃に現在も所属する「劇団ひまわり」に入所しました。

本人が語る入所経緯は以下の通り。

僕は現在、声優の仕事をメインに活動していますが、所属しているのは劇団です。もともと2歳上の兄が入っていて、7歳の時に僕も一緒にやりたいと駄々をこねたのが入団のきっかけだった――と母から聞いています。

※婦人公論.JP2022年12月7日配信記事「宮野真守さんが『FNS歌謡祭』に登場! トップ声優から、枠にとらわれないエンターテイナーへ」より引用

※兄の名前や俳優歴はこちら

 

中学校

宮野真守さんの出身中学校については諸説あるようです。

説1:上福岡市立福岡中学校(現:ふじみ野市立福岡中学校)

説2:大宮市の公立中学校(現:さいたま市の公立中学校)

 

説1:福岡中学校説の根拠

これは、同校の通学区域内に宮野真守さんの実家の豆腐屋があるのではないか?といわれていることが理由のようです。

 

宮野真守さんはアニメ「頭文字D」の主人公・藤原拓海(豆腐屋の息子)を演じた際、自身の実家も豆腐屋である旨明かしています。

G:…(中略)…そんな拓海ですが、宮野さんご自身と似ていると思うところなどはありますか?

宮:…(中略)…あと……実家が拓海と同じ、豆腐屋です。

※GIGAZINE2014年8月19日配信記事「「頭文字D」藤原拓海と「豆腐屋の息子」という共通点を持つ宮野真守さんにインタビュー」より引用

 

宮野真守さんは埼玉県出身(公式HP参照)ですが、調べてみると同県ふじみ野市(旧:上福岡市)には「宮野とうふ店(宮野豆腐店)」という豆腐屋があること、

同店の住所はふじみ野市立福岡中学校(旧:上福岡市立福岡中学校)の通学区域内にあること(ふじみ野市HP参照)がわかります。

だだし、「宮野」と入ってはいるもののこの「宮野とうふ店」が本当に宮野真守さんの実家なのかどうかは不明であり、これが間違っていれば福岡中学校説の根拠もなくなる点には注意が必要でしょう。

 

説2:大宮市の公立中学校説の根拠

現在(2023年2月)の宮野真守さんの公式HPには出身地は「埼玉県」とのみ書かれていますが、wikipediaやexciteニュースのプロフィールなどでは「埼玉県大宮市」出身とされています。

宮野真守さんが中学時代にも大宮市(現:さいたま市)に住んでいたのであれば、大宮市立の中学校に通っていた可能性が高いのではないかと思います。

 

制服は詰襟(学ラン)

宮野真守さんの中学校の制服は詰襟(学ラン)だったようです。

これは宮野真守さんの2005年のブログ投稿のタイトル(※1)に「中学学ラン」とあることから推測できます。

もっとも、埼玉県の公立中学は現在でも詰襟(学ラン)の学校が相当数あるようですからこれにより学校を絞るのは難しそうです。

 

※1:SMILY☆SPIKY mamo過去blog2005年10月5日投稿「マモも中学学ラン、高校ブレザー☆」

 

高校

宮野真守さんは和光国際高校情報処理科に通ってたといわれています(在籍期間1999年4月~2002年3月)。

情報処理科は2011年度に募集停止されていますが、2023年度の同校の偏差値は、普通科63・外国語科64となっています。

 

※偏差値はサイト「みんなの高校情報」掲載の2023年度版

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学校名の根拠

宮野真守さんは過去のブログ(livedoorブログ)に高校の卒業アルバムの写真を掲載していますが、青系のブレザーと赤と紺のネクタイは和光国際高校HPに掲載された同校制服とよく似ています。

また同ブログの別記事には「国際学校」に通っていた旨の記述もあります(詳細は後述)。

 

※ブログ掲載の画像

出典:SMILY☆SPIKY mamo過去blog2005年8月13日投稿「今日、カミナリ落ちたよね!!!??w(゜o゜)w」

 

また同じ写真は和国(和光国際高校の通称)の生徒のものと思われるツイートにも掲載されており、

そこには学校の図書室にある卒業アルバムに宮野真守さんが載っていた旨の記述がみられます(影の落ち方や文字の曲がり方など宮野真守さんのブログの画像の切り抜きのように見えなくもありませんが…)。

 

学科名の根拠

宮野真守さんは過去のブログ(livedoorブログ)で「国際学校の情報処理科」に通っていた旨明かしています。

…(中略)…マモは商業高校ではないのですよ(>_<)

でも、国際学校の情報処理科でした(≧∇≦)ノ☆微妙でしょ??(笑)

※SMILY☆SPIKY mamo過去blog2005年9月6日投稿「たーーいふーーぬ( ̄□ ̄;)」より引用

 

和光国際高校HP内の「沿革」のページから、昭和62年(1987年)の開校からの宮野真守さん卒業後の平成23年(2011年)頃まで情報処理科が設置されていたことが確認できます。

 

部活はサッカー部

宮野真守さんは高校時代サッカー部に所属していたことを過去のブログ(livedoorブログ)で明かしています。

ちなみにサッカーは小学生時代にJリーグが発足した頃に始めたそうです(※2)。

マモは高校んときはサッカー部でした☆この仕事との両立は大変だったけど、あのころはちゃんとこんがり小麦色でした☆(笑)

※SMILY☆SPIKY mamo過去blog2005年8月6日投稿「えぇぇぇぇぇ!!!!!!w(゜o゜)w」より引用

 

ベンチ要員だったようですが右サイドハーフやトップに配置されることが多かったようです。

ちなみにマモのサッカーのポジションは…………右サイドベンチですッッッ☆☆☆\(^o^)/

…(中略)…

それか、右サイドハーフとかトップとかやってました☆☆

※SMILY☆SPIKY mamo過去blog2005年8月8日投稿「こんなのどう????(^皿^)☆☆」より引用

 

以下のインタビューからするとベンチだったのは仕事との兼ね合いで部活にあまり出られなかったことも影響しているのでしょう。

宮野 僕は学生時代にサッカー部に所属していたのですが、そのときに劇団にも入っていたので、部活に満足に参加することができなかったんです。仲間に迷惑をかけていたと思うこともたくさんあったのですが、彼らとは部活の時間以外でもかけがえのない時をたくさん過ごしてきました。だからこそ「これ以上迷惑をかけられないし、サッカーを辞めたほうがいいのかな?」と思ったんです。でも、顧問の先生に相談したら「ここまでやってきたんだから最後まで一緒にやりなさい」と言っていただいて。

※アキバ総研2019年8月23日配信記事「【インタビュー】レベルファイブが放つ話題の映画「二ノ国」公開記念! 物語のキーパーソン・ヨキ役の宮野真守が語る、本作の魅力とは?」より引用

 

※2:クランクイン2023年1月19日配信記事「『ぐるナイ』「ゴチ」新メンバーの3人目 小学生の頃に「Jリーグが発足」 運動神経に自信」参照、記事に名前は出ていないが後に宮野真守さんと判明。

 

声優デビュー

宮野真守さんは小学生時代に劇団ひまわりに入って以来、子役・俳優をメインに活動していましたが、高校に入っても鳴かず飛ばずだったよう。

将来への不安も抱えていたようですが、高校3年時に海外ドラマ「私はケイトリン」(NHK教育)で初めて声優(吹き替え)の仕事をしたことがきっかけで声優業に活路を見出しました。

高校卒業が近づき、友だちは次々に進路が決まっていく。僕も焦って違う道を考えてみたりして、…(中略)…当時は本当に悩んでいたんです。自分に何が向いているかなんてわかりませんでしたから。

そんな時、運命的に受かったのが、NHK教育の海外ドラマ『私はケイトリン』に登場するグリフェンという男の子の吹き替えでした。しかも1年間レギュラーの大役。18歳はギリギリの年齢だと思っていたので、自分にとってすごく大きかったし、拾ってもらって本当にありがたかった。あの時、声優の仕事が決まらなかったら別の道に進んでいたかもしれません。

※婦人公論.jp2021年1月6日配信記事「宮野真守 トップ声優から、枠にとらわれないエンターテイナーへ」より引用

 

大学

宮野真守さんは大学には進学していないようです。

 

婦人公論のインタビュー記事では鳴かず飛ばずのまま高校卒業が近づいた時の焦りが明かされています。

高校卒業が近づき、友だちは次々に進路が決まっていく。僕も焦って違う道を考えてみたりして、先生に「今からでも進学って大丈夫ですか?」と聞いたら、「えっ、今から!?」と驚かれました。当時は本当に悩んでいたんです。自分に何が向いているかなんてわかりませんでしたから。

※婦人公論.jp2021年1月6日配信記事「宮野真守 トップ声優から、枠にとらわれないエンターテイナーへ」より引用

 

高校3年時に初めて声優の仕事をして以来徐々に声優として声がかかることが増えた宮野真守さんは、23歳だった2006年にスタートした人気漫画原作のアニメ「DEATH NOTE」の主人公を演じたことで声優として大ブレイク。

以後現在まで声優業界の第一線で活躍を続けています。

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