小泉孝太郎の母親宮本佳代子の離婚理由が恐ろしい。末弟宮本佳長がきっかけで再会?


小泉信一郎さんと宮本佳代子さんの離婚理由に政治家一族に嫁ぐことの難しさがみえる?姑以上に恐ろしいのは…

※2017年6月28日投稿、最終更新日はタイトル下参照

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母の話はNG?

俳優・小泉孝太郎さんは元内閣総理大臣の父親・小泉純一郎さんをはじめ曽祖父から続く政治家一家の長男として生まれながら、自身は芸能界へ飛び込みました。

若いころはビジュアルの合わせたさわやかな役が多い印象でしたが、最近では政治家もびっくりの腹黒い役柄も板についてきていますね。

 

弟の小泉進次郎さんは父親の跡を継いで政治家になっていますが、ふたりの兄弟仲が良いことは有名。

小泉進次郎さんのSNSには、たびたび「おにい」こと小泉孝太郎さんとの写真がアップされています。

※この記事はインフォちゃんぽんが執筆しました。

小泉孝太郎さんが出演するバラエティ番組やインタビューでも父親と弟の話はよく出てきますが他方で母親の話はあまり出てきません。

あまりに話題が出てこないことから死去説まで出るほど。

しかし、そこには悲しい秘密があるようで…

 

結婚5年での離婚

※以下の記述は、岩崎大輔著「ダークサイド・オブ・小泉純一郎 : 「異形の宰相」の蹉跌」(洋泉社2006年)、NEWSポストセブン2019年9月13日配信記事「小泉進次郎氏、生き別れた実の母の苦労と現在の関係性」、デイリー新潮2019年6月7日配信記事「38歳「小泉進次郎」の結婚問題、父親・純一郎氏が送った2つのアドバイス」などを参照しています(後ろ2つはネット上で確認可能)。

 

話は、今から30年以上前にさかのぼります。

小泉孝太郎さんの父・小泉純一郎さんは1978年に結婚。

お相手はエスエス製薬の元会長泰道照山(たいどう しょうざん)氏の孫・宮本佳代子さんでした。

 

二人の出会いは結婚前年(1977年)のお見合い。

当時小泉純一郎さんは30代半ばで既に衆議院議員に当選しており、宮本佳代子さんはまだ青山学院大学に通う学生でしたが、小泉純一郎さんはお見合い当日にプロポーズしたのだそうです。

 

しかし、宮本佳代子さんの祖父・泰道照山氏は小泉純一郎さんとの結婚には反対だったそう。

お見合いを受けたにもかかわらず反対した理由は不明ですが、「出ていくならその身一つ出ていけ」とその態度はかなり強いものだった様子。

泰道家とは絶縁寸前にまでなっていたようです。

※この記事はインフォちゃんぽんが執筆しました。

しかし小泉純一郎さんは、

「何の心配もいらない、僕たちの結婚には関係ない、白紙のままで来てほしい」

「政治家の世界は何も知らないでいい」

と宮本佳代子さんに伝え、二人は結婚しました。

 

結婚と同年の1978年7月に長男の小泉孝太郎さんが誕生(結婚反対の理由はこのあたりにあるのかも?)。

1981年には次男の小泉進次郎さんが誕生し、順調に家庭を築いているように見えました。

 

しかし、小泉純一郎さんと宮本佳代子さんは結婚から5年後の1982年に離婚

長男の孝太郎さん・次男の進次郎さんは小泉純一郎さんが引き取ることになりました。

 

さらに、離婚当時佳代子さんのお腹には小泉純一郎さんとの3人目の子供が。

離婚後実家のある鎌倉に戻った佳代子さんは1983年に三男・宮本佳長さんを出産。

小泉純一郎さんも親権を主張したようですが、調停を経て佳代子さんが引き取ることになりました。

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離婚の理由

離婚の理由は、小泉家の実権を握っていた小泉純一郎の姉たちと佳代子さんの関係がうまくいっていなかったことが一因ではないか、と言われているようです。

 

NEWSポストセブン2014年2月7日配信記事「小泉純一郎氏 絶縁状態だった三男の結婚式に出席、出席者涙」には

「結婚当時、小泉家の長男の嫁であるB子さんは何もさせてもらえず、小泉さんのふたりのお姉さんが家の実権を握り続けました。そのためB子さんは孤独を感じるようになり、半ば追い出されるようにして家を出たんです」(小泉家関係者)

またwikipediaには

関係者の話によれば、「小泉の面倒は姉で秘書をしている信子がみており、系図をみてもわかるように周囲は姉弟の身内で固めている。離婚の理由は本人がおかしくなり、よほど結婚にはこりたようだ」(参考文献:神一行 『閨閥: 特権階級の盛衰の系譜』 (改訂新版) 角川書店)

と書かれていました。

※この記事はインフォちゃんぽんが執筆しました。

離婚当時小泉純一郎さんは「君子、去る者は追わず、来る者は拒まず、だな」と冷淡に言い放ったそうですが、実権を握る姉たちに逆らってまで奥さんを守ることはできなかった、ということなのかもしれません。

 

また、後に宮本佳代子さんに引き取られた三男・宮本佳長さんが小泉純一郎さんの事務所に「父親と二人きりで会いたい」と涙ながらに電話してきた際、

それを知った小泉純一郎さんの姉・信子さんは「血はつながっているけど、親子関係はない」と冷たく言い放ち、結局父子が会うことはかなわなかったそう(佐野眞一著「小泉政権―非情の歳月」(文藝春秋2006年)参照)。

これが事実であれば小泉純一郎さんの姉と佳代子さんとの関係は良くないのは間違いなさそうです。

 

小泉純一郎さん達は1982年の離婚から25年以上、宮本佳代子さん・宮本佳長さんと会うことがなかったといいます。

しかし、2008年、その関係に変化が訪れました。

 

政界引退で前進

小泉純一郎さんは2008年、政界を引退し同時に次男の小泉進次郎さんを自身の後継者に指名しました。

NEWSポストセブン2010年月日配信記事「離れ離れだった小泉元総理の三男 孝太郎・進次郎と絆深める」によれば、

その際、小泉純一郎さんは進次郎さんに「家のことは任せた、お前たち3人は兄弟だから仲良くすればいい」と告げたそう。

それを受けて進次郎さんは初めて末弟・佳長さんに連絡。

その後は孝太郎さんも含めて兄弟3人で会う機会も増えたのだそうです。

 

また、2010年末には小泉家御用達のレストランで小泉純一郎さんも交えた4人での会食をした旨、2013年には宮本佳長さんの結婚式に「家族全員が揃って」参加した旨、それぞれ週刊誌等で報道されていました(NEWSポストセブン2014年2月7日配信記事「小泉純一郎氏 絶縁状態だった三男の結婚式に出席、出席者涙」参照)。

小泉純一郎さんの政界引退を機に、家族の関係は進展したようですね(もはや姉に気を使う必要がなくなったということかもしれません)。

※追記:ただし2024年に小泉進次郎さんは、同年43年間会うことがなかった母親に初めて会いに行った旨話しています、詳細は後述。

 

ちなみに、一番顔が母親に似ているのは小泉孝太郎さんだそう。

宮本佳代子さんの名前をgoogle等で検索すると、現在の画像や若かりし日の画像が出てきますが、パッチリとした目と整った顔立ちはよく似ています。

 

逆に父親に一番似ているのは三男の宮本佳長さんのよう。

名前を検索すると兄弟のスリーショットが出てきますが目つきはどことなく似ているように感じます。

 

それぞれ生き別れた親に似ているというのは何とも皮肉な話ですが、だからそこ30年間互いのことが心のどこかに残っていたのかもしれませんね。

 

※追記:母親と面会

小泉進次郎さんは2024年9月12日に行われた自民党総裁選の所見発表演説会で、2024年なって初めて実母とあった旨話しています。

同日の産経新聞の記事(※1)に掲載された小泉進次郎さんの話の概要は…

・中2まで両親の離婚を知らず、伯母を母親と思っていた

・弟とは大学生の時に初めて会った、父親そっくりで驚いた、距離はすぐに縮まった

・育ての親である伯母への裏切りになると思い、実母には会う気になれなかった

・自身が親になったことで心境が変化し、43年会うことがなかった実母に2024年に初めて会いに行った、会ってよかった

ただし先述の2014年のNEWSポストセブンの記事(※2)には、2013年に行われた末弟の結婚式で「家族全員が揃って」いた旨の結婚式出席者の発言が掲載されています。

 

※1:産経新聞2024年9月12日配信記事「小泉進次郎氏、初めて実母に面会したと明かす 「子を持つ親になり思い変化」総裁選演説会」

※2:NEWSポストセブン2014年2月7日配信記事「小泉純一郎氏 絶縁状態だった三男の結婚式に出席、出席者涙」

この話題についてさらに深掘り

※宮本佳代子さんとは別人の“ママ”とは誰なのか?
→小泉孝太郎と小泉進次郎の“母親”と“ママ”は違う?宮本佳代子と小泉道子の関係。

→小泉進次郎の母親の秘密。宮本佳代子(実母)とは違う母親“ママ”がもう一人?

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→小泉孝太郎の兄弟(三男)宮本佳長の悲しいエピソード。兄弟仲良しになるまでの30年。

→小泉進次郎と兄弟(三男)宮本佳長の生き別れ~兄弟仲改善までの25年。

※小泉家の怪しい学歴についてはこちら
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