岩田剛典の父親岩田達七はマドラス株式会社社長(経営者)。岩田家の歴史まとめも。


岩田剛典さんの父親は息子と同じく“三代目”?

この記事では、公開された情報をもとに岩田剛典さんの父親が経営する会社や、明治時代から続く岩田家の歴史を紹介します。

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父親は経営者

朝日新聞EduA2019年10月17日配信記事「EXILE、三代目J SOUL BROTHERS 岩田剛典さん 祖父も父も慶応、ダンスにもらった夢」によれば、

岩田剛典さんは中学受験で慶應義塾大学の付属校である慶應義塾普通部(偏差値64)に合格して母親と共に地元名古屋から上京し、慶應義塾高校、慶應義塾大学と進学したそう【学歴の詳細はこちら】

名古屋から東京の名門大学付属中学に進学することができる程裕福な家庭に育ったことがうかがえます。

 

そして岩田剛典さんは2021年1月28日放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)で以下のような発言をしています。

うちの親父が経営者っていうこともあるかもしれないんですけれども、

※モデルプレス2021年1月28日配信記事「三代目JSB岩田剛典、経営者の父からの教え“多長根”が「深い」「見習いたい」と話題」より引用

調べてみると、岩田家は明治時代から続く歴史ある企業一族でした。

 

マドラス株式会社

デイリー新潮2018年3月26日配信記事「EXILE「岩田剛典」は「高学歴」&「親が金持ち」という芸能界の天然記念物」は、

岩田剛典さんの父親・岩田達七さんが名古屋市に本社をおく高級靴メーカー・マドラス株式会社の社長である旨報じています。

父親の岩田達七氏は高級革靴メーカーの「マドラス株式会社」(名古屋市中区栄)の代表取締役社長。同社は1921(大正10)年から続く老舗中の老舗で、当然ながら“雇われ社長”ではない。正真正銘の“オーナー社長”だ。

マドラス株式会社のHP内にある「会社概要」のページにも

代表者名 代表取締役社長 岩田 達七

と確かに記載されています。

 

先のデイリー新潮の記事には岩田剛典さんの父親は「雇われ社長ではなくオーナー社長」と書かれていましたが、

マドラス株式会社HP掲載の「沿革」および岩田達七さんのwikipeidaページによれば、

マドラス株式会社は岩田剛典さんの曽祖父・二代目岩田武七さんが1921年に設立した会社(当時は亜細亜製靴株式会社)。

岩田家が軍靴の底につける金具(底金)を扱っていたことから生まれた会社のようです。

 

現在の社名「マドラス」は1965年にイタリアの世界的高級靴メーカー・マドラス社と技術提携をしたことに由来。

現在では日本全国さらには海外にも展開しており、銀座には直営店も。

2021年には創業100年を迎える一流革靴メーカーです。

 

息子のサークルとコラボブランド

岩田剛典さんは2011年に慶應義塾大学を卒業し、一般企業からの内定を蹴って芸能界に入りましたが、父親の会社に置き土産を残しています。

今年90周年を迎えたイタリアの老舗シューズブランド「madras(マドラス)」が慶応義塾大学公認のダンスサークルDancing Crew JADEコラボレーションしたシューズブランド「JADE(ジェイド)」をスタートする。

※FASHIONSNAP.COM2011年8月24日配信記事「マドラスが慶応大ダンスサークルと新ブランド立ち上げ」より引用

wikipediaによれば、Dancing Crew JADEは岩田剛典さんが慶應大学時代に代表を務めたダンスサークル

ブランドの発表自体は岩田剛典さんの卒業から数か月後ですが、サークルとマドラスをつないだのは彼でしょう。

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岩田家の歴史

先述の通り岩田剛典さんの父親が経営する革靴メーカー・マドラス株式会社は1921(大正10年)ですが、岩田家の歴史は明治にまでさかのぼります。

以下は特別の指摘がない限り、岩田工機株式会社HP掲載の「150年の歴史」および岩田達七氏のwikipediaを参考文献としています。

 

1873年:初代岩田武七の独立

企業としての岩田家のはじまりは岩田剛典さんの高祖父

酒造業を営む岩田家の次男として生まれた初代岩田武七さんが1873年(明治6年)に独立したことに始まりました。

このとき初代武七さんが開いた岩田屋は現在も岩田工機株式会社として存続しています。

 

岩田工機株式会社HP掲載の会社概要のページには、

業種 工作機械の製造・販売・工業用品の販売

とある一方で、

私たちは、文明開化の波が押し寄せる明治6年の創業以来、時代の変化とニーズに応えながら製靴業、温泉開発、都市ガス業などに進出し、多角経営を展開してきました。

とも記載されています。

以下のように岩田家の会社は現在もいくつも残っていますが、それらは初代岩田武七さんおよびその息子・二代目岩田武七さんが設立したものです。

 

1911年:現・犬山ガス株式会社設立

岩田剛典さんの高祖父・初代岩田武七さんは1911年(明治44年)に犬山瓦斯株式会社(現犬山ガス株式会社)を設立しました。

同社HPによれば同社は都市ガス事業を営む会社。

現在も存続しておりガスの供給やガス設備のトータルサポートを行っているようです。

ちなみに、同社HPに2020年2月時点の取締役として掲載されている岩田公一さんは後述のように岩田剛典さんの兄(またはいとこ・はとこ)ではないかと噂されています。

 

1921年:現・マドラス株式会社設立

岩田剛典さんの曽祖父・二代目岩田武七さんは1921年(大正10年)に亜細亜製靴株式会社(現・マドラス株式会社)を設立しました。

二代目武七さんはその6年前に軍靴の底につける金具(底金)を作るための工場を新設していますから、おそらくはそこから派生したビジネスでしょう。

 

同社の現社長が岩田剛典さんの父親・岩田達七さんであるのは先述の通り。

また岩田剛典さんの祖父・岩田孝七さんも同社の元社長です。

 

1931年:下呂温泉 湯之島館(飛騨川温泉土地株式会社)建設

岩田剛典さんの曽祖父・二代目岩田武七さんは1931年(昭和6年)に下呂温泉 湯之島館を建設しました。

※同施設HP掲載「会社概要」によれば企業名は飛騨川温泉土地株式会社

 

湯之島館の社長・岩田公一さんが三菱電機ホームページ掲載 ビジネス導入例「下呂温泉 湯之島館様 エレベーター」で語ったところによると、

下呂温泉は100年ほど前に源泉が枯れた時期があったそう。

しかし、土地の復興を委託された社長の曽祖父が温泉の発掘に成功したことで下呂温泉存続の危機を救ったのだそうです。

社長曰く、湯之島館は「桁違いのこだわりを持って建てられた」そうですが、同館の建物は有形文化財に登録されています。

 

ちなみに、同施設の現社長・岩田公一さんは創業者=二代目岩田武七さんを「曾祖父」としています。

そして二代目武七さんは岩田剛典さんにとっても曽祖父。

ここから岩田公一さんと岩田剛典さんは兄弟・いとこ・はとこのいずれかであることがわかりますが、

ネット上では兄弟説(岩田剛典さんが弟)が根強いようです。

※岩田剛典さんの兄の学歴・職歴・結婚相手等については【こちらの記事】

 

現在の各社の代表

このように岩田剛典さんの高祖父・初代岩田武七さんから始まる岩田家の会社は4つ確認できましたが、

各社のHPによると、代表者は現在でも岩田家の人間のようです。

・岩田工機株式会社

代表取締役社長:岩田章宏

 

・犬山ガス株式会社

代表取締役社長 岩田友作

取締役 岩田公一(岩田剛典の兄?)

 

・マドラス株式会社

代表取締役社長 岩田達七(岩田剛典の父)

 

・下呂温泉 湯之島館(飛騨川温泉土地株式会社)

代表取締役社長 岩田公一(岩田剛典の兄?)

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