この記事では、DAIGO三の父親・内藤武宣さんの学歴職歴を公開された情報をもとに消化しています。
※2023年9月27日投稿、最終更新日はタイトル下参照
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家族構成
父親:内藤武宣
母親:内藤まる子(竹下登次女)
姉 :影木栄貴(漫画家、経歴はこちら)
兄 :内藤博文(JRA幹部)
本人:DAIGO(タレント・ミュージシャン)
両親や兄の名前はDAIGOさんや影木栄貴さんのブログ等(※1)にたびたび掲載されています。
兄の職業はサンデー毎日 2021年8月 1日号の記事(※2)に掲載されていました。
以下では父親・内藤武宣(たけのぶ)さんの経歴を紹介します。
※父親の画像(DAIGOtwitterより)
DAIGO BLOG更新!父の80歳の誕生日。 https://t.co/lIkwYRYnDr
— DAIGO (@Daigo19780408) July 17, 2018
※1:家族の名前は以下を参照
・父親の名前:DAIGO Official Blog2018年7月17日投稿「80歳の誕生日」
・母親の名前:DAIGO Official Blog2018年1月6日投稿「母の70歳の誕生日!!」
・兄の名前:影木栄貴Official blog2022年7月26日投稿「影木、お一人様やめるってよ。」
※2:兄の職業は以下の記事参照
・毎日出版HP掲載「牧太郎の青い空白い雲/825 内藤武宣のセガレ、竹下登の孫「DAIGO」は良い世襲候補なの?」
父親の経歴1:福岡時代
DAIGOさんの父親・内藤武宣(たけのぶ)さんは福岡県出身。
内藤家は代々福岡で暮らしており、武宣さんも福岡県立修猷館高等学校を卒業するまで同地で暮らしていたようです。
根拠
父親を含め内藤家が福岡で暮らしていたことは、DAIGOさんのブログからわかります。
福岡は何気に父親の出身地だから来れるのは嬉しいよね♪
※DAIGO Official Blog2008年8月2日配信記事「福岡〜」より引用
いやあ~福岡は充実してましたあ。
父方の先祖のお墓参りも出来たし、博多ラーメンも食べれたし、スタッフさんにマジ感謝だね!
※DAIGO Official Blog2008年8月30日配信記事「東京到着〜」より引用
修猷館高等学校に通っていたことは同校の同窓会・東京修猷会のHPにたびたび名前が出ていることからわかります。
例えば、同会HP掲載の東京修猷会会報第25号(2013年1月1日発行)には、2012年度寄付者一覧の中に内藤武宣さんの名前が掲載されています(※3)。
※3:東京修猷会HPトップ>東京修猷会について>東京修猷会 会報>第25号(平成25年)参照
父親の経歴2:大学時代
DAIGOさんの父親・内藤武宣さんは早稲田大学教育学部を1961年に卒業したといわれています。
大学時代は空手部に所属し、卒業後も早稲田大学空手部監督や同校空手部OBの親睦団体「稲門空手会」の会長等の役員を務めるなどしているよう。
後に空手関係の著書も複数執筆しています(amazon等参照)。
根拠
早稲田大学出身であることはたびたび報じられています。
38年に福岡で生まれた内藤は早稲田大学から毎日新聞の政治部記者となった。
※LITERA2016年2月9日配信記事「DAIGOの父親はあのイトマン事件・許永中の片腕だった! 許に家を買ってもらい企業を恐怖支配」より引用
教育学部出身であることは、出典の記載がないもののwikipedia「内藤武宣」に記述がみられます。
大学卒業年、空手部出身であること、空手部監督を務めていたことは、早慶空手定期戦50周年記念誌に掲載されていました。
稲門空手会で会長等の役員を務めていることは、稲門空手会HPの「稲門空手会について」のページに掲載されています。
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父親の経歴3:記者時代
DAIGOさんの父親・内藤武宣さんは早稲田大学卒業後、毎日新聞に入社。
政治部記者を務め、1972年に同社を退社しています。
根拠
毎日新聞で政治部記者を務めていたことは、サンデー毎日の元編集長・牧太郎さんのコラムに掲載されています。
部署を超えた人望がある人物だったようです。
毎日新聞の警視庁捜査二課(知能犯)担当の社会部記者だった大昔。上司から「ナイトウブセンが退社するらしい。理由を調べろ!」と言われたことがある。
「ナイトウブセン」と呼ばれたのは空手が得意の政治部記者、内藤武宣(たけのぶ)先輩(『少年少女の空手道:イラスト版』などの著者)。組閣人事をスクープする特ダネ記者の一人だった。
…(中略)…
当時、社会部と政治部は仲が悪かった。同じ新聞社にいても政治部は権力寄り。社会部は反権力? そんな中でも、内藤先輩は政治部以外にも親友が多く「空手のブセン」は全社的にも人気者だった。
※毎日出版HP掲載「牧太郎の青い空白い雲/825 内藤武宣のセガレ、竹下登の孫「DAIGO」は良い世襲候補なの?」より引用
※編集中
父親の経歴4:政治家秘書時代
DAIGOさんの父親・内藤武宣さんは政治家・竹下登氏の私設秘書を務めました。
これは毎日新聞記者時代に竹下登さんと出会い、その次女・まる子さんと結婚したため。
当初は自身が議員になる予定だったようで毎日新聞退社直後の衆議院議員選挙(1972年12月)に出馬しましたが落選しています(福岡1区、後の自民党副総裁山崎拓氏が初当選)。
また竹下登氏つながりの仕事として…
・創政会機関誌「創政」編集長
・フジインターナショナルアート顧問
・三宝会事務局長
・KBS京都常務
等も務めました。
根拠
これらは2016年にLITERAが配信した記事に掲載されています。
内藤は72年に毎日新聞を退社しその年の総選挙に出馬、落選した後は義父の竹下のもとで様々な働きをしていく。
「落選後は、竹下の私設秘書として働き、創政会を旗揚げしたときには、後援機関誌「創政」の編集長を務めた。内藤は竹下の庇護のもと、フジインターナショナルアートの顧問という肩書きを得て、政界を泳いでいく」
そして竹下の盟友・福本が主催した三宝会(竹下が最高顧問で、日本を代表する企業のトップやマスコミ幹部など錚々たる人脈で構成された親睦団体)の事務局長をつとめ、さらに内紛と謀略渦巻くKBSの常務に就任したのだ。※「DAIGOの父親はあのイトマン事件・許永中の片腕だった! 許に家を買ってもらい企業を恐怖支配」より引用
現在(2024年時点)
長女で漫画家の影木栄貴さんのインタビュー記事(CHANTO WEB2024年8月配信)では、父・内藤武宣さんについても少し触れられています。
── 86歳のお父さまを最期まで家で看取りたいという思いと、仕事に集中したいという思いから、影木さんがご実家に残る形で今は別居婚を選択されています。将来的には一緒に住むことも考えていますか?
影木さん:父は他人がつねに家にいるのがストレスになるので、今は夫と一緒に住むのが難しいっていうのがあって。なので、父を見送ったあとがひとつの転換点になるのかなとは思っています。あとは母や夫の両親の誰かが介護が必要になったときにどうするかというのもありますし、将来的にいつから同居を始めるかは臨機応変に考えていけたらと。
※CHANTO WEB2024年8が窒29日配信記事「DAIGOから「詐欺じゃない」と心配されるも…50歳で結婚した姉・影木栄貴 ”別居婚”のリアル」より引用
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