上白石萌音さんの父親は中学校教師にして時代を20年以上先取りした教育研究者だった?
この記事では公表された情報をもとに、上白石萌音さんの父親の名前や経歴を紹介しています。
※2021年1月20日投稿、最終更新日はタイトル下参照
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家族構成
父親:上白石修(中学校教師)
母親:上白石孝子(音楽教室講師)【詳細を読む】
長女:上白石萌音(女優)
次女:上白石萌歌(女優)
両親はテレビ取材で名前出し
上白石萌音さんの父親は鹿児島県で中学教師をしている上白石修さんだといわれています【顔写真はこちら】。
根拠
上白石姉妹の両親は、姉妹のデビュー当時テレビの取材に対して名前を出して対応していました。
テレビ番組で紹介された情報を紹介するサイト「TVでた蔵」に掲載された、
「情報プレゼンター とくダネ!」(フジテレビ)2011年1月11日放送回の内容紹介によると、
この日の放送では東宝シンデレラオーディションで初の姉妹受賞を果たした上白石姉妹の両親への取材内容が放送されています。
主に教育方針にスポットが当てられていたようで、
両親が中学校教師と音楽教室講師の教育一家であること、人を大切にすることを心掛け学業優先で教育している、といったことが紹介されていました。
そして同じ放送の内容を紹介したサイト価格.comテレビ紹介情報の「情報プレゼンター とくダネ!」 2011年1月11日(火)放送内容のページには、
出演者欄に上白石萌音さん、上白石萌歌さんの他に「上白石修」「上白石孝子」という名前が掲載されています。
さらに、5ちゃんねるに2011年1月14日に建てられた『【東宝シンデレラ】上白石萌歌』というスレッドには、
当時の放送を見たと思われる人が以下のような書き込みをしています。
>「とくダネ!」の両親取材より
>上白石修(父・46歳・中学校の教師)
>上白石孝子(母・45歳・ピアノ教室の先生)
出典:https://egg.5ch.net/test/read.cgi/geinoj/1295005243/
父親は社会科教師で遠隔教育研究者
・担当科目は社会科
上白石萌音さんの父親・上白石修さんは中学校教師として社会科を担当しているようです。
これは上白石萌音さんのコメントが根拠。
NHKのサイト内の「NHKアーカイブス NHK人物録 上白石萌音」内で以下のよう語っています。
ドラマデビューが『江~姫たちの戦国』だったんです。私が13歳のころですね。父が社会科の教師なので大河ドラマは必ず見てはいましたが、
…(中略)…
役についてもよくわかっていなかったので、祖母に着物の着方や所作などを少し教えてもらったり、あとは父を質問攻めにしていました(笑)。
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・遠隔授業の専門家
近年、遠隔授業への注目度が高まっているのではないかと思いますが、
上白石萌音さんの父親・上白石修さんは90年代からこの分野について研究していたようです。
その根拠は上白石萌音さんの父親と同名の人物の遠隔授業に関する論文が多数存在すること。
CiNiiでは上白石修さんが1998年に執筆(共著)した「へき地小規模校における TV 会議システムを活用した討論型学習の指導法について」という論文の存在が確認できます。
論文掲載の所属は兵庫教育大学となっていますが、
1999年生まれの上白石萌音さんはかつてエッセイで兵庫県生まれである旨綴っていたそうですから同姓同名の別人の可能性は低いでしょう。
萌音ちゃんのエッセイで、鹿児島ではなく兵庫県で産まれたことを初めて知りました。
そして、本当にご両親から愛されて育ったんだなぁと。
今の萌音ちゃんが形成されたのは、いろんな場所で多様な文化や人の中で過ごしてきたことが本当に大きいんだなぁということも。#上白石萌音— はちみつ (@angelvoicemone) July 1, 2020
日本教育工学会のHPによると、
上白石修さんは1999年に行われた第15回日本教育工学会全国大会で研究奨励賞を受賞しており、当時から研究者として優秀であったことがうかがえます。
また、CiNiiでは2004年の論文「テレビ会議を活用した遠隔での討論学習における指導過程の工夫と多地点間交流の意義」の存在も確認できます。
※論文掲載の肩書は「鹿児島県串木野市立羽島中学校 教諭」
さらに、2005年度(平成17年度)には「電子メールを活用した遠隔地「岩手県」との交流学習」という論文で、
第21回東書教育賞中学校B部門奨励賞を受賞しています(東書Eネット参照)。
※論文掲載の所属は鹿児島県鹿児島市立武岡中学校
加えて、2019年10月1日発行の日本教育工学協会ニューズレターNo.129 (2019 vol.3)にも、
上白石修さんの遠隔共同学習の可能性への言及が掲載されています。
※掲載の肩書は「鹿児島市立鹿児島玉龍中学校 教諭」
・メキシコ赴任歴あり
また、上白石萌音さんの父親・上白石修さんは2006年から3年間家族と共にメキシコに滞在し、日本メキシコ学院(リセオ)で教鞭をとっていました。
上白石萌音さんは同校の小学部に通っていたようです。
※出典や根拠は【こちらの記事】に掲載
文部科学省は在外教育施設への教員派遣制度を設けています。
上白石萌音さんの父親もおそらくこの制度を利用したのでしょう。
派遣の資格には勤務成績が優秀であること等も求められていますから、論文の執筆だけではなく現場の教師としても優秀であることがうかがえます。
また、学会誌への寄稿の中には上白石修さんの顔写真が掲載されたものもありました【顔写真はこちら】。
確認できた所属の変遷
最後にここまでに出てきた上白石萌音さんの父親(と思われる)上白井修さんの所属および肩書をまとめておきます。
1998年:兵庫教育大学
2004年:鹿児島県串木野市立羽島中学校 教諭
2005年:鹿児島県鹿児島市立武岡中学校
2006年:日本メキシコ学院(メキシコ:2008年頃まで)
2019年:鹿児島市立鹿児島玉龍中学校 教諭
一部では鹿児島県にある全国屈指の名門校ラ・サール高校勤務の噂もあるようですが、調べた限りでは確認できませんでした。
ラサール高校は私立ですが、確認できた鹿児島での赴任先は県内の公立校だけなので、おそらくは誤情報だと思いますが…
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